お薬のまめ知識 その4

ACTH剤

剤型には筋肉注射と静脈注射とがあります。

ステロイド剤の出現後でも、その効力のため、また副腎皮質全体のホルモン分泌をたかめることから、ステロイド剤で著効のみとめられない患者にも著効のある場合があるというので、一時はかなり広く用いられていました。

しかし、ACTH剤は牛の脳下垂体からの抽出物ですから、たびたび注射していると、患者がこれに感作されてアレルギ性反応を起こし、ときにはショックで死の転帰をとる可能性のあることが明らかにされるにつれて、あまり用いられなくなってきました。

ごく最近では合成されたACTHも出現していますが、これもショックの可能性がないことはないので、注意して用いたほうがよいようです。

お薬のまめ知識 その3

ACTH剤

副腎皮質ホルモソ剤ではありませんが、よく似ている薬剤である脳下垂体前葉ホルモソ剤(ACTH)について簡単にふれてみましょう。

ACTH剤は化学構造も作用機序もステロイド剤とは異なっていますが、副腎皮質を刺激してステロイドホルモンの分泌をたかめ、これにより生体に作用を及ぼすので、ステロイド剤によく似た効果をもっています。

したがって副作用もステロイド剤と類似しています。

ACTH剤は、ステロイド剤がぜんそくに使用されはじめるよりも約一年前、すなわち一九四九年にぜんそくに著効があることが報告されました。

環境と社会経済を考える

こんにちは。

この前、リサイクルトナーを発注してみました。

試しに使ってみるんです。エコです。

さて、新聞などにも報道されたように、アメリカとヨーロッパの間には対立といいますか、対決があります。

アメリカのほうはまだそんなに影響はない、一かち十分な調査・研究をしていくべきだという姿勢。

一方ヨーロッパのほうは、もうそんなに待っていられない、できることからすぐに進めていくべきだというような立場です。

同じような対立は、日本国内でも環境庁と通産省の間にもあり、まあホワイトハウスの真似みたいなそういった議論を引き続きやっているわけです。

環境と社会経済を考える際に、トレードオフという言い方をされるときもあるし、対立という見方をされるときもあるわけですが、そのような環境と社会経済を考える立場というのが、たぶん三つあると思います。

お薬のまめ知識 その2

ステロイド剤の使用していて、あまりにも慎重であるために、強いぜんそく発作をいつまでもおさめることができず、患者の苦痛を長びかせ、しょうすいさせ、または日常生活をいつまでも困難にさせて、社会の生産面から遠ざけるようなことはつつしまなければなりません。

この点、信用ある医師の良識にしたがうのがよいと思われます。

小児の重症ぜんそく患者で、医師も家族もステロイド剤の副作用をおそれるあまり、これの投与を受けないで患者がぜんそく発作をくり返し、学校にもいけず、成長発育が阻害されている場合がありますが、このような小児ぜんそく患者に遭遇すると、正しい疾患管理の必要を痛感します。

ステロイド剤をやむなく使用する場合には、必要最少量をできるだけ短期間使用するということが必要ですが、要は信用できる医師の指示にしたがって、充分な理解のもとに使用することです。

お薬のまめ知識 その1

ステロイド剤を使用すると激しい発作もおさまり、連続使用していればその間箋作も起こらないので、自分のぜんそくが治ったような錯覚にとらわれがちになります。

ステロイド剤は発作を止める作用は強力でも、あくまで対症療法薬にすぎず、長期連用が好ましくない薬剤です。

医師患者象族もこの点をよく理讐て、本質的な治療を怠らないようにしなければなりません。

安易にステロイド剤を使用することはお互いにつつしまなければなりません。

これは医師として当然心しなければならないことですが、同時に他者やその家族も、安易な気持で薬局から購入して、絶対に自分勝手に服用しないようにしなければなりません。

無謀な使用は不慮の災難を起こすもとです。

政治のあれこれ・・・その5

シュワブ女史は一九五五年三月生まれです。

外交官だった父親についてアジア、アフリカ、欧州計七力国に移り住んで、育ちました。

スタンフォード大学で経済学の修士号を取得、現在首都ワシントンのジョージワシントン大学で行政学と国際ビジネスの博士号を取るため、週二日講義を受けています。

ダンフォース議員のLAになる直前の一年は、在日米大使館に勤務(貿易担当)、それ以前は、USTRで東京ラウンドの農業交渉などにあたったそうです。

政治のあれこれ・・・その4

一九八二年の春「ダンフォ支議員は、呆の不公正貿易と市場閉鎖性に腹をたて、呆人との面会をすべて断わることにした」とのうわさが流れたことがあゑこの時敵日本では「スーザン・シュワブの入れ知恵に違いない」とささやかれました。

シュワブ女史が語るいきさつは次の通りです。

「米国と最も近い関係にあるカナダの大使でさ葦に丁二回Ec(欧州共同体)の要人も年二~三回しか会見を申し入れてこない.ところが呆からは毎貝多い時は月に数件も要の要望がきた。しかも政治家もビジネスマンも官僚敵面会にきた日本人は自分達2口いたいこ凄書いた文章を読みあげるか二方的にしゃべるだけで、(同贅との)対話になららない。そこで(同贅が)こうした面談は無意柴とある米人記者に語ったところ、あたかも日本人との面会拒絶方針を決めたかの考に報じられてしまった。それから半年余、日本からの面会申し込みは一件もなかったわ」。

政治のあれこれ・・・その3

シュワブ女史は一貫してその右腕として対日貿易問題を手がけてきました。

ダンフォース議員の貿易問題に対する基本的な考え方は「相互主義」です。

貿易は自由で公正であるだけでなく、同等の条件の下で行われるべきだ、との立場です。

シュワブ女史は「(同議員との)たえまな譲論の中から相互主義の考え方は生まれた」と語っています。

とある記事は「シュワブ女史は米国がより諺で相耳義的になることを望む」とのそで見出しをつけていましたが、それはそのままダンフォ支議員の主張であり・同議員とシュワブ女史の二人三脚ぶりをよく示していました。

日本問題にたずさわるLAの間で敵婆は特に尊敬を集めている.塁党の贅やLAでさシュワえ婆の知穀思慮深さ、説得力など豪評価する.ところが、呆の関係者の間で娃ブ女史は、しばしばコ連の呆たたきの背後にいる忠人物」と目されました。

政治のあれこれ・・・その2

一九八七年七月二十四日付のワシントン・ポスト紙は「包括通商法案、陰の強制者」という見出しの一ページ大の記事を載せました。

同法案の提案者のダンフォース上院議員の立法部長として、同法案を実質的にまとめあげたスーザン・シュワブ女史の活躍を報じたものです。

「強制者」という言葉を用いることで、同紙はシュワブ女史の実力のほどを描いています。

シュワブ女史がダンフォース議員のLAとなったのは一九八一年二月のことです。

それ以来、ミズーリ州選出のこの上院議員はみるみる頭角をあらわしました。

自動車、電気通信、皮革などの分野での日米貿易問題で相次いで法案や決議案を提出、「対日貿易のダンフォース」の名を広めました。

政治のあれこれ・・・その1

スタッフと"日本たたき"ここ数年、米国議会の対日強硬論は年を追って高まりを見せていました。

米国のマスコミはこれを「ジャパン・バッシング(日本たたき)」と書きたてます。

日本では、「米国議会の要求や主張は一方的にすぎる」との見方が広まり、両国政府をはじめ日米双方が有効な米国議会対策をとれないことへのイラ立ちがつのっていました。

米国議会の実情を知る日本側関係者の中には「議会や委貝会のスタッフが議員をそそのかし、対日批判をあおっている」と見る人が少なくありません。

中には「」Aこそ日本たたきの張本人」と反感を示す人さえいました。

確かに「日本問題」に深くかかわるLAはかなり増えていました。

そうしたLAの一群を「ヤング・サムライ」と呼ぶ同僚のLAもいます。

だが、彼らの生い立ち、学歴や職業歴、対日観などはさまざまです。